普段使いができる「まち」の書店ーー小声書房@北本市

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 ケルンの隣に本屋さんができると聞いたのは、2022年の春の匂いが香る冬の終わり頃でした。何もないと思っていた北本に、いよいよ本屋さんができる。それもケルンの隣に。北本の盛り上がりが、ついに本屋さんまで呼び寄せたのだと、なんだか自分ごとのように、嬉しくなったのをよく覚えています。実際、それを感じて、小声書房こと橋爪さんは北本市を選んでくれました。

「北本市には自分と同世代くらいの人たちが地域を盛り上げようと頑張っている印象があり、北本市全体で小さな商いを応援してくれる風土があると感じました。地域としての魅力や可能性、将来性などを感じて、この場所でお店を始めようと決めました」

 小声書房さんは、埼玉県北本市の北本駅西口から歩いて5分ほどのところにあります。これまでも取材させていただいたコーヒーとタイヤキのカラクさんや、ココフクさんの並びの向かいにあるレンタルシェアスペース・ケルンの隣です。その場所を考えても、もともと縁があったようにも見えますが、特に知人友人がいたわけではなく、偶然、埼玉で物件を探していたところ、紹介されたのが北本でした。

「埼玉県のどこかで書店を開きたいと思い、県内のいろいろな場所を巡っていました。知人から偶然、北本いってみる?という話があり、本当にふらっと足を運んだという感じです」

 そんな橋爪さんの最初のお仕事は、新聞記者でした。

「大きな意見だけでなく、小さな声に寄り添い、拾い上げて発信していきたいと思う気持ちがあり、記者になりました」

 それは小声書房という屋号に込めた思いと同じです。

「記者を辞めたあと、どのような生き方をしたいかということを考えました。自分で情報を発信しなくても、小さな声を届けていくために何ができるのだろうか。そのようなことを考えたときに、本屋として本のなかに書かれている声を届けていくことは一つの選択肢になると思いました」

 そうして新刊書店で勤務を始めたのと同時期に、小声書房という屋号で2017年4月23日ーー4月23日は、サン・ジョルディの日として、スペインでは花束や本を贈る習慣があり「本の日」とされているーーに個人的な本屋活動を開始しました。

「月1、2回とか、都内や関東近郊で開催されている一箱古本市や本のイベントに参加し、5年くらい活動してきました。店舗探しも同時に行い、北本でオープンしました」

 仕事もプライベートも本屋さんになる。つまり、それは人生設計として本屋さんになることを決めた瞬間でもありました。それも自分のやりたいことの軸は、一切ぶれることなく、軌道修正できたのは、なぜでしょう。

「自分の生き方は自分で決めるように心がけています。自分でやりたいことをやるために、目標というか、計画をずっと立てながら生きてきました。本屋で働いていたのも、自分の屋号で活動してきたのも、最初から計画してきたことであり、将来のざっくりとした計画も立てています」

 それは5年後、10年後の話を聞いても、やはりぶれることがないのかもしれません。

「個人書店というと、セレクトショップというイメージがつぎがちです。そうではなくて、地域のなかで本屋さんを始めるのであれば“街の本屋さん”という立場を目指していこうと思っています。老若男女、いろいろな方に利用してもらい、普段使いで気軽に本を買うことができると思ってもらえるような場所にしたいです。そのために、イベントを開催したり、ギャラリースペースで展示を行ったり、地域に活動の幅を広げていくような活動を時間をかけてやっていきたいと思っています」

 ちいさな本屋さんで、それも若い人がやっていると思うと、セレクトショップのイメージが強いけれど、中を覗くと、じつは絵本がたくさん並べてあったり、豆本もあったりと、決して店主の趣味に依ることなく、間口の広い本が並んでいます。もちろんアンソロジー(複数の作家さんによる短編集)など、橋爪さんならではのセレクトもあるけれど。その色はかなり薄いように感じます。実際、一番多いお客さんは子連れのママだとか。でも自分の好きな本屋さんと、目指す本屋さんの間でギャップはないのだろうか。そもそも本屋さんに行ったとき、どこを見るのか聞いてみました。

「本の並べ方や並んでいる本をみますね。店内にどのような本があるのかを確認し、自分にとって好きな作家であったり、ジャンルであったり、そういう本が置いてあると親近感がわき、ここで本を買いたいなとか思います。いろいろな本屋さんに同じ本が置いてありますが、ここで買いたいなっていうような場所があると嬉しくなりますね」

 そう聞くと益々ギャップを感じそうです。

「自分なりの視点で本を選び、並べているので。好きな本屋と目指す本屋の間にギャップは感じていません。お客さんの反応を見ながら、並べる本を変えてみたり、試行錯誤の日々を過ごしています。お客さんと波長が合えば足を運んでくれるようになると思いますし、合わなかったら別の本屋に行けばいいという話です。お店としては大変ですが、どこかで本を買ってくれるのであれば良いかなと思います。お客さんに育ててもらっているというか、実際にお店に来てくれるお客さんとコミュニケーションを取りながら、場所を育てていこうと思っています」

 場所を育てていく。企業を法人というとき、人の字が入っていることを思い出します。それはきっと本屋さんもそうなのかもしれません。お客さんがいてこその本屋さん。だからこそお客さんと育てていく場所なのかもしれません。それは小声書房に貸棚があることからもうかがえます。

「独りよがりの店にするのではなく、お店を通していろいろな人に関わって欲しいという気持ちがあります。私も本屋を始める前に3ヶ所くらいで棚を借りた経験があり、お店を始めるときに取り入れることを計画していました。棚を借りている方に制作したZINEやリトルプレスを置いてもらったり、自分の好きな本を販売することで、自分だけの小さな本屋さんを開く楽しみを感じてもらうことができればと思います」

 今後は棚主さん同士が交流できるような機会もつくっていけたらいいと考えているのだとか。まだわたしは踏み切れていないけれど、つながりのある人を思い浮かべても並べたい本はいくつも思いつくだけに、どこかで棚を借りたいと思っています。

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「働くっていうことは、生きることに直結することだと思います。働くことが生きることだとしたら、自分が嫌だとか苦しいと思いながら働きたくないと思っていて、自分が納得することをして、結果が伴って、多少のお金がもらえて生活することができれば満足かな、ということを思っています」

 「はたらく」について聞くと、そんな答えが返ってきました。

「働くということが自分の人生の時間を占めるものであれば、ポジティブに思うような時間とか機会を得ることができるものであると良いと思っていて、人生のなかで仕事の比重が多くを占めるのではなく、生活のなかに仕事があり、それが人生にとってプラスになるような働き方を考えていくことが理想だとおもっています」

 それは住む場所にも言えます。職場を中心に住む場所を選ぶのが多いなか、これからは住む場所=暮らす場所を中心に考えて、仕事を選ぶ時代になっていくような気がします。「移住」という言葉をよく見かけるのは、そんなムーヴメントのひとつの証明とも言えるかもしれません。

「仕事と自宅で生活する以外のサードプレイス的な場所が街の中にあればいいと思うし、自分にとってそういう場所を見つけながら生活できるような地域があれば良いと思っています。自分にとって街とは何かっていったら、そういう可能性を見つけることができる場所というか、自分のなかの余白を楽しめるような場所であることを期待しています」

 橋爪さんにとっての仕事場は、きっと誰かにとってそんな場所になるような気がします。まずは一歩足を踏み入れて、本を眺めてみることから始めてみるのもいいかもしれません。ひょっとすると橋爪さんの言うように大切な何かを見つけることができるかもしれません。

「人生の中で自分にとって大切な言葉であったりとか、自分にとって大事な1冊の本であったりとか、音楽や映画であったり、そういうものが誰でもない自分だけの支えになる瞬間があると思っています。小声書房が“自分は自分でいいんだ”と思うことができるような何かを見つけることができる場所であればいいなと思っています。まずは本を見つけに遊びにきてください」

小声書房

住所:埼玉県北本市中央1丁目109-104

営業時間:*InstagramやTwitterでご確認ください*

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