特集:21世紀の百姓解剖論「小畑亮吾」生きることすべてが表現(2)

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「生きかたすべて表現ですって言える状態に突入したかった」

「まぁ、単純に30歳だったんだよ。結構人生悩むわけじゃん」 

 それはまったく同世代のわたしに向けた言葉でもあるような気がしました。そう思うほどその言葉は、着飾ることも、選ぶこともなく、でもだからこそちょっと照れくさいようにポロッと出た本音の言葉のようでした。

 もちろん、人生100年時代と言われる今の時代では、30歳を節目にしてしまうには若いようにも思うけれどーーそれがたとえ40や50歳でもーーでも実際には社会も企業も、それを若いとは見てくれない現実があります。だからこそ、周りも30歳を機に、結婚も含めた将来を考えて、就職に踏み切るバンドマンも少なくありませんでした。

「みんなみたいに就職するのか悩んだときに、まぁ、悩みもしなかったけど、自分がそういう風に働いてるのは全然、想像もつかなかったし」

 そう言って、ほんの少し考える沈黙がありました。そしてこう続けてくれました。

「人生で悩むわけじゃないけど、ずっと不安はあったし、バイト辞めるまでも不安だった。バイトやめたのは、なんか、全部、オープンにできるっていうか、生きかたがすべて表現ですって言える状態に突入したかったからなんだよね」

 そうは言ってもどうやって音楽を続けていったらいいかは大きな悩みでした。まだ音楽では収入が安定しないだけにバイトを辞めるわけにもいきませんでした。でもそんなバンド活動の節目が近づくにつれ、他のバンドのサポートもよくするようになっていきました。もちろんそのほとんどはヴァイオリンでのサポート。しかし偶然にも、そのサポートで参加していたバンドのライブを何度かやった縁で墨田区京島で、お店を開く機会がやってきました。

「ケータリングやってたので、お店持ったらどんな感じなんだろうとか、ちょっと面白いかもみたいなことは考えてましたね」

 

 偶然か必然か、その何度かライブをしていたのは京島にある爬虫類分館というお店。そこは曜日ごとに店長が入れ替わるシェアカフェでした。

「そこでケータリングの話とかがでて、1日店長やってよみたいな感じで言われて、ちょっと面白そうだなって」

 実はもともと小畑さんはバンド活動の傍ら、ライブハウスでケータリングをやっていました。それも手作りのお弁当をバンドのブログにアップしていたところ、ライブ関係者の目に留まったのがきっかけだったとか。そのときにすでに付けていた名前が現在の店名にもなっているサテライトキッチンです。

「サテライトキッチンっていう名前はじつは、ぼくが決めてなくて。ケータリング始めるときに、名前決めなきゃって、バンドメンバーで喋ってたら、バンドの藤井さんがつけてくれたんですよ」

「グーミで『サテライト』って曲があって、ぼくが歌ってたから自分の代表曲みたいな感じだったんですよ。で、バンドからひとり切り離して、いろんなところにケータリングに行くっていうスタイルとも意味的にもあうし、サテライトキッチンってどうって言われて。ああ、それにしようって」

 実はあの愛らしいキャラクターもバンドのジャケットデザインを担当していたデザイナーさんにケータリングをはじめる話をすると、頼むこともなく作ってくれたのだとか。だからサテライトキッチンは小畑さんの意思とは関係ないところで、需要が生まれ、勝手に周りが作ってくれたものと言ってもいいかもしれません。そして店舗を持つことも、偶然訪れた機会でした。

「1日店長って結局、ケータリングとかイベント出店に近いから、お店を持つ感覚とはちょっと違うだろうなって思ってたら、なんか物件あるよみたいな話をもらって」

 ケータリングの先になんとなく夢みていたことが現実になる機会が、急にやってきました。それも物件は、ライブ先で見て少し興味を持っていた古民家のような佇まいの長屋。

「オーガニック系のつながりが多かったから、ライブで地方に行ったときに、IターンとかUターンで、古民家改装してる場所をけっこう見てて。そういうのすごく豊かで、いいなって思ってたんだけど、地方に行きたいって気持ちはまだなかったんですよ。でもこのまちなら、東京にいながらそれができそうだなと。物件紹介されて、ここ好きにしていいよみたいになって。東京でこんなことやれるのは、なかなかないかもしれない、やるかみたいな感じでした。普通に考えるとお店を持つときって、お店を作るって決めて、計画立てて、お金貯めて、勉強してみたいなのだけど。いつかお店やりたいなって思ってたものを、ここならできそうと思って、勢いで始めたっていうのが本当リアルな話で。お金も貯めてなかったし、計画も立ててなかった」

 それでも始めることができたのは、サポートで参加していたバンドのメンバーのひとりでもあるムームーコーヒーの灰谷さんと一緒にやることができたからなのだとか。

「不安はあったと思うし、ちゃんと出来んのかなっていうのもあったし、食っていけんのかなっていうのもあった。慎重なタイプだから、ひとりだったらなかなか難しかったかもしれないけど、灰谷さんと一緒だったので、お互い背中を押しあったみたいな。やる?やる?本当にやる?いく?いく?いくかみたいな感じで。ふたりだったから始めやすかったですね」

 10年近くのバンド活動。それは当時の人生の3分の1を意味していたことを考えると、それはまさに生活の一部を失うような喪失感だったのだと思います。でもそんなときに新たな出発点を用意してくれたのは、ヴァイオリンでした。そう思うと、まるで小畑さんの行先は、ヴァイオリンが拓いて行っているようにも見えます。実際、ヴァイオリニストとしての小畑さんと、サテライトキッチンの小畑さんは、この当時は考えもしていなかったけれど、交わるようになっていきます。

(つづきます)

Herb Stand サテライトキッチン

場所:東京都墨田区京島3丁目48−3

営業時間:12:00~18:30 (通常) 21:00-23:00(不定期)

定休日:火水(臨時休業有)

Instagram:@stllt_herb

*営業日、営業時間については、SNSなどでご確認ください。

小畑 亮吾

Music:https://songwhip.com/小畑亮吾

Twitter:@rygk_goomi

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