特集:21世紀の百姓解剖論

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かつて百姓というのは、その名の通り100の仕事、

つまり多様な仕事をもつ人のことをそう呼んでいました。

今では仕事は細分化、合理化され、百姓的な仕事は失われつつあります。

それどころか、インターネットやSNSの普及によって人と人も細分化、

果ては分断化されるようになってしまいました。

でもそんな今も百姓は存在します。

いや、ひょっとすると100の「仕事」を「役割」と言い換えれば、

わたしや、あなたも百姓かもしれません。

サラリーマンの顔ひとつとっても、上司や部下、同僚への顔は、

それぞれ違うでしょう。

家に帰ればサラリーマンの顔を引っ込めて、

パパやママ、あるいは夫や妻、パートナーになるかもしれません。

親しい友人に会えば、若かりし日に戻って、

他では見せない顔を見せるかもしれません。

そう考えると誰もが様々な顔を持っています。

 

もっともここで紹介するのは「役割」ではなく、

「仕事」の百姓のほう。副業や複業がスタンダード化していくなか、

彼らはいかにして百姓になったのでしょうか。

それを紐解いていきます。

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