Barが教えてくれたこと。後編 mucic & bar Amour@千歳烏山

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Barに初めて行ったのはいつだっただろうか?

学生時代だったか、社会人になってからか、

全くわたしは思い出せないけれど、

それが少なくともひとりじゃなかったのは覚えている。

でも彼は20のときに、ひとりでその扉を開けたのだ。

それがまさか人生を決定付ける日になるとは、

おそらく思わなかっただろう。

でも意外と人生なんてそんなものなのかもしれない。

自分が気付いてないだけで、

いつだって人生が変わるきっかけは、

そこらへんに転がっているのだから。

「やっぱひとりでは何も出来ないですよね。振り返ってみても、ずーっとみんなに助けられて生きてます。」

「もともと東京に来たのは役者のためだったんですよね」

バーとの出逢いを考えると、そこからバーを持つことを夢見て上京して来たようにも感じるのだけど、実はもともとは役者を目指しての上京だった。

映画好きが昂じて、大阪でエキストラから始めて僅か2年足らずで、役付き――エンドロールに名前が載る役――で呼ばれるようにもなり、ギャラもそれなりに発生するようになった。ただ、それだけに大阪では限界を感じ、上京。

でも東京は決して微笑んではくれなかった。

「事務所も3つぐらい変えましたね。事務所によって全然違いますし。でも仕事取って来ない事務所ばっかりで、大阪でちょっとギャラもらってやってたっていうのもあったんで、余計物足りなくて、なんていうんですかね、ま、納得できない毎日だったんですよね。で、結局、いい事務所に決まらないのも自分の力なんで、まぁご縁がなかったっていうのもあるんですけど、それで諦めたんですけどね」

しかし、諦めるというのは口で言うほど簡単なことではない。

「やめて2年間は、役者関係で、舞台出てよとか、見に来てよとか、こういうオーディションあるけどとか、いろいろ来ましたけど、もう凄い辛くて、ずーっと全員シカトしてましたね」

そう思うと、夢を諦めるというのは、ひょっとすると諦めないことよりも、大変なことなのかもしれない。

もちろん役者を諦めた理由はそれだけではなかった。

「いろいろ考えたときに自分ひとりのカラダじゃないなと思って」

それはそのままアムールを始めるきっかけにもなった。

「それまでは自分ひとりだから、っていう考えだったんで、もうやれるところまで役者をやってみようみたいな感じだったんですけど、結局、年とともに親父も小さく見えたし、家でもいろいろあって、そこから店を持とうって29のときに思ったんですよね」

それは妹と弟を持つ長男らしい理由かもしれない。しかし、だからといって、お店を持とうとはなかなか思わないけれど、でもバーとの出逢いを考えれば頷ける話だ。

それにしても人生なんて本当にどこになにが転がっているかわからない。それは映画に憧れて足を踏み入れたバーかもしれないし、あるいは決してうまくはいかなかったバイト先のまちかもしれないのだから。

「東京来てからバーのバイトはやってたんですけど、オープニングスタッフはやってなかったなと思って、それで偶然オープニングスタッフを募集してたのが、烏山のバーだったんですよ」

千歳烏山との出逢いはそんな偶然から始まった。

しかしそのバーを開くまでの助走のつもりで始めたその職場は決して恵まれた環境ではなかった――オープン2ヶ月で5人いたスタッフのうち4人は辞めてしまった――でも来た同業のお客さんのお店を飲み歩くうちに、気づけばスナックのママに声をかけられそのお店で働いていた。そんないろいろな縁もあって、アムールを開く場所まで見つけたのだから、やはりどこになにが転がっているかはわからない。

「そうなんですよね。いまだにスナック時代のお客さんも何人か来てくれてますし。ありがたいですよね。やっぱひとりでは何もできてないんで。振り返ってみても、ずーっとみんなに助けられて生きてますね。遊びにしても、仕事にしても」

それは10万円を握りしめて恐る恐る重いバーの扉を開けたきから、実は何も変わっていないのかもしれない。いや、その一歩踏み込むことを積み重ねて来たからこそ、今があるのだろう。

“和”ですね」

まちについて聞くと、そんな答えが返って来た。

「和みというか、なかなか東京だと近所のあいさつがないとかって言われるんですけど、やってる人は実際いるんですよね。そういう人たちが、もっと増えれば、戻って来たいまちとかになるんじゃないかなっていうのはありますね。だから実際戻って来たら、心が和んで、ゆっくりできるっていうのが、まちじゃないかなと思います

アムールも一歩、足を踏み入れれば、きっとあなたにとってそんな場所になるだろう。

もちろん、来るときには10万円を用意して。

ひょっとすると――それにほとんど手を付けることなく――それ以上の何かが見つかるかもしれない。

(おわり)

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閉店しました。

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